笑顔と感動に出会う旅

鈴ヶ岳 大日山




2016年5月8日 石川県 鈴ヶ岳 大日山(加南三山) 加賀甲縦走歩き

ブナ林が広がる散策道とカタクリ群落が広がる登山道



                   

<今回の登頂ルート>
石川県小松市大杉登山口標高550m−百間滝分岐ー幸四郎屋敷跡ー良蔵屋敷跡ーヌギ谷原・出作りり小屋ー鈴ヶ岳標高1175m−花立の岩分岐ー木地小屋(きじこや)登山口分岐ーブナ平・カタクリ小屋ー大日山標高1368m−越前甲分岐ー加賀甲(大日山避難小屋)標高1312m

参考:歩行時間
登山口から鈴ヶ岳まで登り140分:下り110分 鈴ヶ岳から大日山まで登り100分:下り70分
大日山から加賀甲(大日山避難小屋)登り30分:下り40分



                 
                 


<鈴ヶ岳・大日山・加賀甲・越前甲登頂記録>
2000年 7月 2日 真砂集落跡ー池洞尾根ー加賀甲
2001年 5月13日 真砂集落跡ー池洞尾根ー加賀甲ー大日山ー小大日山ー徳助新道ー真砂集落周回
2003年 5月 4日 小松市大杉登山口ー鈴ヶ岳ー大日山
2007年 7月 8日 真砂集落跡ー池洞尾根ー大日山
2008年 5月13日 小松市大杉登山口ー鈴ヶ岳
2010年 5月 9日 真砂集落跡ー池洞尾根ー大日山
2011年 5月 8日 真砂集落跡ー池洞尾根ー加賀甲
2015年 5月17日 福井県横倉登山口ー越前甲−大日山ー加賀甲・・・・・越前甲・大日山
2015年11月 3日 小松市新保 木地小屋ーカタクリ小屋&越前甲登山口・・・・・越前甲・大日山登山口


<お花のおもてなし>
                 
                 
                                     
                                     
                                     
                                     


<鈴ヶ岳と出作り(白山)>
加賀平野から南方の福井県境の方を望むとひときわ高い大日山系とそれに抱かれるように三つのピークを持った山が見える その山容は鈴を伏せたような形から鈴ヶ岳と呼ばれるようになった。
この山の滴たりが大杉谷川となり日本海へ注いでいる 滝谷付近は、県有数のブナが生育して幹回り4.4m樹高20mブナの巨木がある県の自然環境全区域となっている。

”出作り(白山)”
出作りとは、夏期(4月〜11月)には山中の住居(出作り小屋)で焼畑や養蚕・製炭などに従事し、冬期(11月〜4月)は母村(平地にある集落にある家)に帰って生活するこの居住を季節出作りというまた母村には、帰らず一年を通じて山中で生活することを永久出作りといわれています。
代々山中居住の生活形態が古くから根付き山中居住ー母村ー季節出作りの形態が生まれたと考えられています
農耕形態は、山地斜面を焼き払い焼跡に種を播いたあと、ほんの少し土をかけるだけの浅耕する焼畑 ヒエ・アワといった主食穀物の栽培をしていた。一年目にはヒエ、二年目はアワ、三年目マメ(大豆)四年目二度目のヒエ、アワ五年目アズキやソバを作る輪作形態、その後20年〜30年地力が回復すまで放棄し、焼畑を繰り返す方法
出作り生活の一年
3月頃 次の年に使う薪を代採。 4月出作り地への入山準備。  5月山へ入り、月末までに焼畑を行う。  6月〜8月養蚕に従事・畑の除草。  9月〜10月製炭。 10月穀物の収穫。  11月野菜類の収穫。  11月末収穫した野菜類と薪を持って平地にある集落の家(母家とか地下「シゲ」)に帰る。
出作り地には、出作り小屋があり、その周辺に常畑(キャーチ)がある。排泄物の肥料を使って野菜(ダイコン・ネギ・ニンジン)穀物(トウモロコシ・ヒエ・大豆)を作っていた。出作り地は、主にブナ林帯に分布していた。山菜(ゼンマイ・ワラビ・ウド)キノコ(ナメコ・マイタケ)や木の実(トチ・クリ・クルミ)・イワナ・ゴリ・カワマスの捕獲やクマ・ノウサギの狩猟して、ヒエ・アワを主食とした自給自足の生活であった。
キャーチとはカイチ(開地)つまり開いた土地に由来すると言われています
昭和30年代の高度経済成長と燃料革命(薪や炭から石油やガスに変わった)の波が山村の生活を変えてしまい、工業化と都市の人口流失が続き、山村の産業・人口の両面で影響を受けてしまった。
参考資料:白山の自然誌 白山の出作り

次回は、小松市新保からR416沿いの越前甲登山口ー越前甲ー大日山ーブナ平・カタクリ小屋ー木地小屋周回ルート挑戦です