笑顔と感動に出会う旅

国上山弥彦山多宝山



2017年4月23日 新潟:国上山弥彦山多宝山縦走展望歩き


弥彦山、多宝山、国上山は、越後平野の日本海沿いに独立した弥彦山塊を形成し、北東部の角田山塊と連なっています。二つの山塊は、海底火山活動や日本列島の隆起で、陸化し約400万年前に山の形になった。
ブナやミズナラに代表される「寒地系の植物」と日本海沿岸の対馬暖流の影響でヤブツバキなどの「暖地系の植物」が出会う場所 国上山・国上寺裏に広がる寒地性のブナ・ユキツバキ・暖地性のヤブツバキが共存する樹林と日本海側の雪国に分布する植物がたくさん見られ、南方系、北方系のチョウが入り交じり早春・初夏に舞っている。春には、山塊の全体カタクリ・キクザキイチゲ・オオミスミソウ・イチリンソウなどが咲き、春の花山として、各地から多くの登山者が訪れています。
弥彦山山頂公園(9合目)までは、ロープウェイや車を使って(弥彦山スカイライン)行くことができる。弥彦山山頂の御神廟(ごしんびょう)まで、多くの人が訪れている。弥彦山の一等三角点は、北側双耳峰の多宝山標高633.8mに設置されている 弥彦山の高さは、そこからの算出値となり平成14年に見直しがはかられ国土地理院は634mと改められました。2012年開業した東京スカイツリー(墨田区押上)と同じ高さ、その高さを体感&展望求めて多くの人が訪れる。

        

    蛇崩から見た雨乞山弥彦山多宝山縦走路展望


<行程>北陸道ー西山インターー116号(西山バイパスー出雲崎バイパス)−分水ー国上
燕市分水ビジターサービスセンターPー国上(くにがみ)登山口ー5合目あか谷みはらしー展望台ー国上山312.8m−剣ヶ峰分岐ー剣が峰・砦ー黒滝城跡西入口ー黒滝城跡246m−林道黒滝要害線ー県道野積線ー猿ヶ馬場分岐ー猿ヶ馬場峠210mー弥彦山スカイラインー雨乞(あまごい)山318m−雨乞山分岐ー雨乞尾根ー能登見平ー展望台ー妻戸山(つまとやま)分岐ー弥彦山634m−9合目弥彦山頂公園ー大平公園ー多宝山633.8mー下山途中の剣ヶ峰分岐ー蛇崩ー剣ヶ峰分岐ー国上山ー国上寺ー五合庵ー千眼堂吊り橋ー朝日山展望台ービジターセンターP

<中部北陸自然歩道トレッキングガイド(弥彦山・国上山エリア)参考資料です>
国上登山口ー0.85km30分ー国上山ー1.30km35分ー剣ヶ峰ー0.46km10分ー黒滝城跡西入口ー2.01km50分ー猿ヶ馬場峠ー0.69km30分ー雨乞山ー1.63km52分ー能登見平ー0.82km30分ー妻戸山分岐ー0.27km10分ー弥彦山・御神廟ー0.51km13分ー弥彦山9合目ー0.75km15分ー太平公園ー0.75km25分ー多宝山

<行程時間>
燕市分水ビジターセンター到着5時7分ー朝日山公園・千眼堂吊り橋・国上寺散策ーくにがみ登山口5時20分ー国上山5時50分ー剣ヶ峰分岐5時57分ー黒滝城跡西入口6時35分ー黒滝城跡246m6時50分ー林道黒滝要害線入口7時18分ー猿ヶ馬場峠7時21分ーNTT雨乞山中継所7時52分ー能登見平8時38分ー弥彦山9時08分ー多宝山9時55〜10時15分)下山開始10時15分ー剣ヶ峰分岐ー蛇崩ー剣ヶ峰分岐ーくにがみ登山口14時47分ー五合庵ー千眼堂吊り橋・朝日山公園ービジターセンター前駐車場15時10分着

<登山道注意点>
NTT雨乞山中継所からガード道を歩いてY2へ歩くこと。 尾根道があるがガード道へ下る時足元注意です 安全を考えると、ガード道歩きにしましょう。
雨乞山分岐から弥彦山八枚沢登山口道の案内掲示板が180p高さにあるので見つけにくいので、注意
弥彦山スカイラインの通行と横断歩き車に注意
時々作業道が交わるので、注意して歩きましょう

        

柏埼市・上越市柿埼区・米山・白馬岳・妙高山展望


<角田山塊と弥彦山塊登頂記録>
2016年4月10日 角田山&岩室温泉登山口丸小山公園ー多宝山まで1.7km地点・・・角田山&天神山城址

<次回の挑戦>
◎弥彦山の花をめぐる八枚沢登山口ー雨乞尾根ー能登見平ー弥彦山頂ー妻戸尾根周回


  

                 佐渡島展望                                    御神廟

<霊峰・弥彦山(標高634m)の御神廟(ごしんびょう)>
越後平野を見渡す弥彦山山頂にある奥の宮
彌彦神社の祭神は、「天香山命(あめのかごやまのみこと)と妃神「熟穂屋姫命(うましほやひめのみこと)」が仲良く祀られている。711(和同4)年に神武天皇の勅命を受け、現在の寺泊町野積地区の浜に上陸された
稲作・漁業・製塩・酒造などを御指導をされたとつたえられています。
彌彦神社は、約1300年以上の歴史があり、越後一宮として「おやひこさま」の敬称で親しまれている


       

           多宝山にある四角柱コンクリート製の天測点         朝日山公園からの見る大河津(おおこうづ)分水路

<大河津(おおこうづ)分水路>
越後平野を水害から守る分水工事が1909(明治42)年着工13年の年月を経て1922(大正11)年通水がなされた
分水路は、分水町大河津から寺泊海岸まで10km延べ1000万人と蒸気機関車を利用した外国製の掘削機を投入された。分水点の川幅730m対し寺泊り側はけ口の川幅は180mと出口に向かって狭くなっている
朝日山公園から粟ガ岳・守門岳・越後駒ヶ岳・中ノ岳・八海山・巻機山・谷川連峰・苗場山展望が楽しめる

<多宝山一等三角点近くに四角柱天測点(第00号 天測点 地理調査所表示)>
多宝山山頂には、気象庁の弥彦山気象レーダー観測所が設置されている。標高633.8m一等三角点の近くに四角柱コンクリート製の天測点がある。天測点は、天文測量を実施するために設けられた基準点で、全国48箇所で設置観測された
測量機器の重量に耐えうるコンクリートの観測台また測量機材を正確な方位に設置するため多宝山から約4.1km真南に子午線標がある。
富山県:富山市呉羽丘陵 城山(白鳥城跡) 標高145.1m:一等三角点(点名越城山) 第19号天測点
福井県:福井市上一光町(かみいかり) 国見岳 標高656m:一等三角点

                      


<黒滝城址246m森林公園>

中世の動乱期には、「黒滝要害」と呼ばれ越後守護上杉氏の要塞でもあった 謙信の日本海側からの中越を牽制・下越進出・戦略的拠点とした城で、信州の川中島や越中魚津城への出兵など要の城であった。
城山(しろやま)標高246mには、天神郭(天神像=八百万「やおよろず」の神を祀り天神曲輪と呼び本丸がある)、大蓮寺郭、吉傳寺郭、 北は、城入りの沢を隔てて幕内山・西は、剣が峯砦標高292m(最頂部に広い曲輪を設け・黒滝城側に3つの堀切を設置して大要塞である砦郡である)・南は峻険な蛇崩山・東方は、蒲原平野を眺望できる
室町時代は、大須賀志摩守が城主、その後黒田和泉守秀忠が城主となり、そのあと長尾晴景に反抗した事で、1546年上杉謙信の軍により秀忠一族は討ち果たされた。
上杉謙信は上杉家の重臣山岸出雲守光祐を城主としたあと、1597(慶長3)年上杉景勝の会津移封
そのあと山岸氏一族も会津移住・黒滝城は廃城となった。

<蛇崩(じゃくずれ):剣が峰分岐からちご道分岐方向
凝灰岩が露出した断崖絶壁になっています。昔より「国上山に大蛇住みして崩せる所なり」と伝えられ、ここを「蛇崩」と呼んでいます毎年3月9日に山神とされる天狗が集まり、蛇崩から麓の一本杉を的にして水晶石で作った魔除け矢を放つと蛇崩の方向から山鳴りの唸る音がしたという伝説が残っている
ちご道分岐まで下りちご道登山口からビジターセンター予定が手前分岐で剣が峰分岐へ行く道を使ってしまい、もう一度剣が峰に戻る迷子歩きで、国上山ーくがみ登山口ルートになりました。
(少し帰宅時間の事を考えて歩いた結果が迷走歩き、集中力不足でしたね反省します。)

<お花のおもてなし>
        



        

                                                            フデリンソウ

       



       



       


     

                  ナガハシスミレ群生                                ニリンソウ群生

               

イチリンソウの群生(雨乞尾根ー能登見平付近)



泰澄ゆかりの越後最古の寺 国上寺(こくじょうじ)

開基された泰澄さんよりも良寛和尚さんが住まわれた場所として知られるようになった国上寺


     

                国上寺(こくじょうじ)                                  良寛さん
国上山(くがみやま)の中腹にある真言宗豊山派の寺院。709(和同2)年に建立された越後で最も古い寺院
本堂(阿弥陀堂)、客殿、六角堂(大黒天像が本尊として安置されている)、大師堂、一切経堂、鐘楼堂、宝物殿などが建ち並ぶ。
大江山(おおえやま)の酒呑童子(しゅてんどうじ)が少年時代に、この寺の稚児(ちご)だったという伝説がある。

       

                 千眼堂吊り橋124m                            五合庵
<良寛と五合庵>
1758(宝暦8)年、新潟・出雲埼に生また良寛は、岡山県倉敷市玉島の円通寺で厳しい修行を終え、各地の名僧を訪ねて研さんを重ねたのち、越後に戻った良寛が1797(寛政9)年ごろから約20年過ごした庵
国上寺本堂を再建した客僧「萬元上人(ばんげんしょうにん)が毎日米五合を給されていたことに由来されています。


           

<立ち寄り湯>
道の駅国上内に「日帰り温泉・てまりの湯」入浴料貸しタオル付で500円

参考文献:中部北陸自然歩道トレッキングガイド 弥彦山・国上山エリア(第4版2015年3月発行)、弥彦温泉観光パンフレット、掲示版より