笑顔と感動に出会う旅

安峰山・観音山(傘松城跡)




2018年12月 2日 飛騨古川・安峰山1058m&神岡町・観音山(傘松城跡)803m


「朝霧立つ都・飛騨古川」・「幻想的な景色に出会う旅」などで、紹介されている安峰山(あんばざん)別名安望山・安峯山また2か所(神原峠・太江地区ー小島城址)から車で山頂にある雲上テラスへ行けるので、多くの人が盆地霧(雲海)を楽しめる山。今回は、残念ながら猪臥山・白山・穂高岳・乗鞍岳眺望は、次回へ 県道75(神岡河合線)ー神岡カントリロード(神岡縦貫農免道路)を使って観音山(傘松城跡)朝浦登山口から十八観音堂・ 堀切や竪堀といった遺構を感じながら頂上へ 雪をかぶった笠ヶ岳・穂高連峰・焼岳・乗鞍岳の眺望をゆっくり楽しみました。

安峰山(安望山・安峯山) 地元では「あんぽやま」&「あんぽさん」と呼ばれる


              

朝霧(雲海)を求めて雲上テラスへ集まる人々


<行程>飛騨市古川町上気多(安峰山登山口)&飛騨市神岡町朝浦不動院口(観音山登山口)
上気多林道ー市営墓地Pー獣害防止の柵ー砂防堰堤ー安峰山登山口ー7合目二十五菩薩跡ー安峰山ー市営墓地Pー県道75(神岡河合線)−神原峠ー神岡カントリロード(神岡縦貫農免道路)−県道477−朝浦不動登山口ー十八番観音堂ー林道合流点ーTV中継所ー観音山(傘松城跡)
今回は、十八番観音堂ー林道出合ー立達磨ー洞雲寺周回ルートGPS地図表示機能が出来ない為中止

*安峰山コースタイム
登山口ー60分ー二十五菩薩跡ー30分ー安峰山展望台ー60分ー登山口

*観音山(傘松城跡)コースタイム
朝浦不動登山口ー60分ー十八番観音堂ー30分ー観音山ー50分ー朝浦不動登山口

<参考>安峰山・・・登山口:飛騨市古川町上気多「気多若宮神社」付近
市営墓地P 5時42分ー安峰山登山口5時53分ー5合目6時04分ー二十五菩薩跡6時35分ー安峰山6時58分ー7時30分ー8合目分岐からトラバース道使ってもう一度山頂へ7時40分ー8合目7時51分ー6合目8時05分ー市営墓地P着8時18分・・・登頂登山者4名
8合目から急登して山頂とトラバースして道路合流点(トイレ施設)から尾根歩きで山頂へ周回ルートあり

車利用で安峰山展望台2コース
*神原トンネルの神岡町側から林道神原数河線ーダート林道ー太江地区舗装道路分岐ー展望台P
*古川町太江地区ー舗装林道ー小島城跡ー山頂展望台P

古川盆地の西にそびえる猪臥山も雲海(むかい)が見られる山・・2018年9月23日登頂・・・猪臥山周回


                         

市営墓地Pから獣害防止の柵を開けて林道歩き


                         

砂防堰堤付近にある登山口と案内掲示板


                         

7合目にある「二十五菩薩跡


              





観音山(傘松城跡)802.7m 三等三角点 点名 洞山


<参考>

安峰山登山口P 8時30分ー県道75(神岡河合線)−神原峠ー神岡カントリロード(神岡縦貫農免道路)−県道477−神岡大橋付近の朝浦不動登山口9時16分〜9時30分ー送電鉄塔展望所10時03分ー十八番観音堂10時15分ーTV中継所10時36分ー観音山10時46分〜11時05分ー朝浦不動登山口12時14分ー史跡江馬氏館跡公園12月〜3月31日まで休館の為、入館できなかった。

次回は、観音山西国三十三所分霊第三十三番洞雲寺ー毘沙門堂ー立達磨逆順路で歩きたいね!


<江馬氏「えまし」と観音山(傘松城跡)>

江馬氏は、室町時代〜戦国時代 北飛騨を治めていた地方領主です

傘松城跡は、吉田城とも呼ばれ江馬氏が重要な拠点として観音山に築いた山城。

北飛騨の高原郷「たかはらごう」(飛騨市神岡町、高山市上宝町周辺)の全域と杉越峠・数河峠を監視する重要な城。主郭へ至る尾根のうち、古川方面の尾根には、巨大な堀切(尾根筋を掘り切って切断した空堀)と切岸「きりぎし」(山を切って作られた人工の急斜面)を幾重にも設けている吉田街道や越中東街道(寺林集落方面)を通って侵入する敵を警戒しての防衛施設。


<江馬氏「えまし」(神岡町)と姉小路氏「あねがこうじし」(古川町)の歴史>

姉小路氏は、古川盆地(飛騨市古川町周囲)を飛騨国司として任じられた。やがて姉小路氏は三家【古川・向「むかい」(別名:小鷹利氏)・小島】に分かれてそれぞれ古川盆地に居城を構えた。

1530〜1531年(享禄3〜4)にかけて古川氏と向氏は、南飛騨を拠点とした三木「みつき」氏と争い

敗れる。小島氏は、三木氏の勢力が強くなると三木氏に付き従う。

1560年(永禄3)には、三木氏が姉小路(古川)氏の名跡を継ぎ姉小路自綱「よりつな」から頼綱と改名

1582年(天正10)江馬輝盛「てるもり」は姉小路(三木)頼綱と八日町(高山市国府町)合戦で討たれる。

八日町合戦の直後、三木氏方の小島時光「ときみつ」は江馬氏の高原諏訪城に攻め入り落城

姉小路(三木)頼綱は、飛騨全土を手に治めた。

姉小路(三木)は、織田家の後継者争い問題で、羽柴秀吉と敵対します

1585年(天正15)秀吉の命を受けた越前大野城主金森長近・可重「ありしげ」父子が飛騨に侵攻し、姉小路(三木)氏を滅ぼす



                             

送電鉄塔付近からの展望



                           

    朝浦不動登山口           登山道には、観音石像が安置されている



                           

         ヒメコマツの大樹           西国三十三ヵ所観音霊場を模して登山道がある




                                                         

十八番観音堂の横から尾根登山道(竪堀・堀切の道)十九番巡礼道(立達磨方面)は右へ下る




                         

 林道終点地域からの登山道には、NHK機材運びエレベーター設置     観音山(傘松城跡)802.7m三等三角点・点名洞山



                                                 

山頂からの笠ヶ岳展望



                      

山頂からの焼岳展望



                                                 

高原川沿いの神岡町町並みと河岸段丘の地形を眺める。


                                                 

史跡・江馬氏館跡公園から見る大洞山(登山道があるよ地元の人から助言)



参考文献:岐阜県の山(山と渓谷社) 「飛騨の旅」飛騨市観光サイトより 飛騨市山城マップ姉小路編・江馬編より 案内掲示板


                                       

この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の数値地図50000(地図画像)、数値地図25000(地図画像)、及び数値地図50mメッシュ(標高)を使用した。  (承認番号 平24情使 第162号)