笑顔と感動に出会う旅

2020県内視察




2020年9月12日 カルデラ砂防博物館友の会:富岩運河クルーズと岩瀬まち歩き




    



    



        


行程


富岩水上ライン乗降場・待合室集合


富岩運河クルーズ環水公園発第3便10:10発


中島閘門


岩瀬カナル会館


岩瀬まち歩き:諏訪神社ー松月ー富山港展望台


ピアットスズキチンクエ(イタリア料理)食事


まち歩き:旧北国街道・森家土蔵群・馬場家・北前船廻船問屋森家見学・岩瀬中央公園


東岩瀬駅から富山地方鉄道富山港線で富山駅へ




富岩運河の歴史

大きく蛇行した神通川は、氾濫することが多く頻繁に浸水被害に見舞われていた。1901(明治34)年水路を設け
て川の流れを広げる「馳越線工事」を開始。その後1922(大正11)年頃、馳越水路が本流となった。
しかし市街地には、広大な廃川地が残り、都市整備の妨げとなっていた。そこで、富山駅北から東岩瀬港に運河を
開削し、堀った土砂で埋め立て商業、住宅用地を造成しました。富岩運河は、1930(昭和5)年に着工、1935(昭和10)年に完成しました。

中島関門(国指定重要文化財)

1934(昭和9)年富岩運河の中央に上流と下流の水位差2.5mを調整する中島閘門を設置し、船が運河を上り

下りする際に運行されて、富山駅北と東岩瀬港(富山港)が水路で結ばれ資材運搬が非常に便利になった。

1998(平成10)年5月に昭和の土木構造物では、全国で初めて国の重要文化財に指定された。




北前船廻船問屋・森家 1878年建築 国指定重要文化財

江戸初期から日本海を行き来する北前航路が生まれた。岩瀬では江戸前期の寛文年間に港町として出来た。

この地域は、加賀藩の領地で、御蔵があり米や木材などを大阪や江戸などに北前船などで、運んでいました。

行き帰りも荷を載せて。「倍・倍」に儲かることから、地元では北前船のことを「バイ船」と呼びます。

往復で儲かる」ので、「のこぎり」商売ともいわれ、幕末から明治にかけて最盛期でした。