笑顔と感動に出会う旅

富山の百山 鉢伏山



2015年10月25日 富山有峰 鉢伏山1781.7m (富山の百山)


鉢を伏せたような大きな山容から山名の由来



<登頂ルート>
有峰林道・小口川線(料金1900円)・水須(みずす)連絡所ー小口川ダムーフロヤ谷左岸登山口標高1040m−「亀谷・鉢伏山」T字路ーP1328−鉱山跡ートロッコ軌道登山道ー沢歩きー2度の沢分岐(両方とも右)−P1653−広場ー三角点1781.7m鉢伏山
今回は、山岳会の仲間3名と同行登山しました。いきなり急斜面の直登・ジグザグ道・露岩で、始まり 最後は、急斜面をロープと手足を使って降ります。(注意)下山登山者に注意しながら落石しないように下りましょう

<参考>
1991(平成3)年8月に開催された第44回富山県民体育大会・山岳競技「第3部」の会場として作られた登山道


<山頂から展望>
薬師岳、北ノ俣岳、笠が岳、乗鞍岳、御嶽山、鍬埼山の後に立山連峰、毛勝三山、富山湾

                                                       
                                                       


<有峰の銀山>
小口川中流域で、金山や銀山が開かれた地域・亀谷銀山は、1578(天正6)年に発見され 「越中七かね山:越中の主要鉱山」の一つに数えられています 1596〜1615(慶長年間)が最盛期で、加賀藩二代藩主前田利長が産出した亀谷の銀で鋳造した「花降銀(はなふりぎん)」1000枚を徳川家康・秀忠に献上したという
銀山が衰えてからも明治から大正にかけて亜鉛鉱が採掘されたが1926(大正15)年休山した
標高1400mくらいの所に鉱石を製錬したときに生じる鉱滓(こうさい)を廃棄した堆積場跡は、その名残である

<越中七かね山:4つの金山・2つの銀山・1つの鉛山>
*片貝川・早月川などの上流には、4つの金山
松倉金山(魚津市):発見された時期不明 室町時代の応永年間(1394〜1427)年から知られ慶長(1596〜1615)年間が最盛期 宝永(1704〜1710)年間に廃抗した
虎谷金山(魚津市):1615(元和元)年3月に発見された 1853(嘉永6)年廃山
河原波金山(魚津市):1533(天文2)年3月に発見された
下田金山(上市町):1574(天正2)年に発見された

*常願寺川と神通川の上流には、2つ銀山と鉛山
吉野銀山(富山市「旧大沢野町」):1573(天正元)年に発見された
亀谷銀山(富山市「旧大山町」):1578(天正6)年に発見された
長棟鉛山(富山市「旧大山町」):1626(寛永3)年に発見された

                               

<参考資料>
富山県の山(山と渓谷社)、 富山の百山(北日本新聞社)、富山市大山歴史民俗資料館より