笑顔と感動に出会う旅

立山カルデラ


2013年10月18日 立山カルデラ砂防体験学習会(バスコース)
白岩下流展望台から見た白岩砂防堰堤
                 
<日程>
 立山カルデラ博物館ー有峰林道・小見線亀谷ー有峰記念館(休憩)−折立ゲート(ヘルメット着用)−跡津川断層真川大露頭ー白岩下流展望台ー立山温泉跡ー泥池ー天涯の湯(足湯)−白岩砂防堰堤(管理橋)−カルデラ博物館

<カルデラとは>
火山に関連してできた大きな凹地形のことです。もともとの「カルデラ」は、スペイン語あるいはオランダ語で「鍋」や「釜」を意味します。

<立山カルデラ>
一般のカルデラのような陥没した状態ではなく浸食によって誕生した立山カルデラは、「浸食カルデラ」であると考えられています。 その生成には、降雨、融雪に伴う小・中規模の崩壊や谷の下刻浸食し、1858(安政5)年の飛越地震が、引き金となって発生した「鳶崩れ」やそれ以前の巨大深層崩壊が深く関わっている。
深層崩壊の素因としては、立山火山の活動に伴う変質劣化、カルデラ内で発見された湯川谷断層(跡津川断層系)による力学的な山体の破壊・断層に沿って分布する熱水変質作用が考えられています。 東西5km 南北4.5km 深さ0.7m 大きな凹地のカルデラで西方向に傾いています。
「見た一瞬に、これが崩壊というもの 本源の姿かな・・・・・土石は、得手勝手に めいめい好きな方向へ あばれだしたのではなかったか・・・・・私の目はそう見えた」昭和51年10月多枝原平(だしわらだいら)幸田 文「崩れ」の碑より

 「護天涯・・・・・・天涯を護る」
  天涯とは、天のはて、極めて遠いく隔たったところ富山平野の土砂災害を未然に防ぐための天涯の地


 <立山カルデラ砂防体験学習会参加記録>
 2011年10月14日 健脚 多枝原(だしわら)コース
 2012年10月20日 健脚 白岩下流コース

 六九谷展望台からの展望


                                               




    大鳶山・小鳶山崩壊の跡
                                                     
                                                     
 <安政年間は、各地で頻繁に地震が発生した時代>
 1854年 7月 9日(安政元年 6月15日) M7.4伊賀上野地震 死者1500人 倒壊2500戸
 1854年12月23日(安政元年11月 4日) M8.4安政東海地震 死者3000人 倒壊・焼失3万戸
 1854年12月24日(安政元年11月 5日) M8.4安政南海地震 死者3000人 倒壊・焼失・流出4万5千戸 (大津波発生しました)
 1855年 3月18日(安政2年 2月 1日) M6.8飛越地震
 1855年11月11日(安政2年10月 2日) M6.9安政江戸直下型地震 死者5000人 倒壊1万戸
 1858年 4月 9日(安政5年 2月26日) M7.3〜7.6飛越地震 死者426人 倒壊2190戸
 *安政三大地震は、東海地震・南海地震・江戸地震


   山の崩壊の為、砂防堰堤工事が続く


                                                 
 <富山県の地震 過去2回大地震が襲っています>
 1586年 1月18日(天正13年11月29日) M7.8天正の大地震 北陸、飛騨、美濃、近江の広い地域で被害
 高岡市福岡 木舟城崩壊 岐阜県白川村平瀬帰雲城崩壊
 1858年 4月 9日(安政5年 2月26日)午前2時M7.3〜7.6飛越地震 跡津川断層の活動で発生 大鳶山
小鳶山の崩壊、富山城の石垣や門が崩壊 袴腰山・臼中で山崩れで南砺市福光小院瀬見まで土砂が流れ小矢部川まで流失した。また南砺市利賀村大牧山崩れで庄川まで流失した
五箇山の田向や川合田温泉など地震で温泉が湧き出したまた石川県の湯涌温泉の湯が出なくなった

 <富山県の活断層>
 牛首断層 庄川断層帯 呉羽山断層帯 魚津断層帯 砺波平野断層帯(高清水断層・法林寺断層・石動断層)

  ヘルメット姿の足湯
                             
 <白岩砂防堰堤>
主堰堤の高さ63m 長さ76m 7基の副堰堤を合わせると落差108m(日本一)
昭和期の砂防堰堤として1999(平成11)年初めて登録有形文化財 2009(平成21)年6月30日国の重要文化財に認定された。場所は、崩壊土砂流失の最も多いカルデラ出口にあります。
1913(大正2)年富山県が砂防工事着工 1919(大正8)と1922(大正11)年に水害の被害を受け完成に至らず
大正15年 国の直轄事業となり、1929(昭和4)年再度着工 1939(昭和14)年 本ダム 第1.第2副堰堤完成しました。
砂防目的以外では、電力用に毎秒1.8トン取水され真川の取入口に送水されています

林道から15分下った所にある跡津川断層真川露頭
                                                     
<天然記念物に指定された跡津川断層真川露頭>
花崗岩、礫岩、湖成層、断層が確認できる露頭 跡津川断層は、長さ60〜70km A級活断層「右横ずれ断層」
富山県と岐阜県境に位置 立山西端ー有峰湖北西ー大多和峠ー跡津川ー岐阜県白川村天生峠ー白川村までの活断層で微小地震活動している。