笑顔と感動に出会う旅

小佐波御前山周回



 2014年6月8日 舟倉用水の歴史を感じる小佐波御前山周回



 <今回の登頂ルート>
舟倉用水の看板P(旧猿倉スキー場付近)−猿倉隧道ー芦生地域・水輪谷(29−30)表示(注意登山道表示なし)
ー山平(さんでら)部落跡・今生津(いもづ)・小佐波御前山分岐標高400m−避難小屋ー開光記念碑展望広場
ー二等三角点P754小佐波御前山ー獅子ノ鼻ー猿倉山ー舟倉用水看板P




<舟倉用水の歴史>
江戸時代後期 十村役(大庄屋に相当する役職)であった五十嵐孫作、篤好父子は、時の加賀藩主の開墾奨励により1796(寛政8)年から1808(文化5)年の13年間測量設計を費やし1810(文化7)より用水の工事を始めた
峡儉極まりない神通峡右岸中腹を掘る作業 幅5尺(1.52m) 深さ3尺(0.91m)の水路ノミ、タガネ、コズチの
工具を使う作業 巨大な岩石に遭遇すると草木を焼いて岩石を熱し その上に水を注いで 冷却して亀裂を作り破壊する工法をとり7年の歳月をかけ1816(文化13)年に完成した。

「笠による測量ー江戸時代」
提灯の灯りを頼りに ヒノキ笠の周りにへりをたてる事で、雨水をためてしたたり流れ落ちる雨ミスの流れにより
勾配の測量が行われた




御前山の西 山平部落跡に面した岩場 その中に30m〜40mの巨岩が南方に突き出している
あたかも 獅子が深い谷を見下ろしているように見える。少し違った角度から見ると仏様の顔に見える不思議な場所



獅子ノ鼻に咲くミヤママンネングサ

昔は、風雪による落石や土砂の崩壊などが繰り返し起こり 水の維持管理に苦慮しながら船峅(ふなくら)台地に水を
注いでいた。現在は、蓋掛鉄筋コンクリート三面張り水路や水路トンネルを用いて、神通川支流長棟川から取水し
神通川右岸の急峻な山腹を縫うようにして船峅台地の水田360haに水を運んでいます。
  (舟倉用水の掲示板より)