笑顔と感動に出会う旅

米山・刈羽黒姫山


2014年10月26日日本海から3kmほどの独立峰・米山992.6mと刈羽黒姫山890m

                       

柿崎登頂ルート:最後の急登登山されている73歳の元気な佐藤さん今回で193回米山登頂です

下牧登山口で元気な佐藤さんの出合いがないと、米山& 刈羽黒姫山二山登頂は実現出来なかった
予定では、柿崎・下牧登山口から登り水野集落か水野林道で周回ルート計画だった

<柿崎・下牧登頂ルート>
以前は、山開きに米山薬師を担ぎ上げていた道 米山の表登山道3.5km
 下牧休憩施設(2015年5月中旬完成)P−こまのこや標高580m(山頂まで1.9km)−三十三観音
ー下牧、水野登山道、水野林道分岐(山頂まで1km)−米山避難小屋ー米山三角点992.6m

 <他の登頂ルート>
*太平登頂ルート 登山口から2時間30分
*吉尾登頂ルート 登山口から2時間
*野田登頂ルート 払川登山口から3時間30分
*谷根登頂ルート 新猿飛橋登山口から3時間


  三十三観音石仏                  薬師堂前の石仏
 日本三大薬師 米山薬師 愛知県三河 鳳来寺薬師  宮崎県日向法華岳薬師

 <米山さん(五輪山)の由来>  新潟県柿埼の民話より

むかし 米山さんは五輪山と呼ばれており泰澄と言う偉いお坊さんと修行僧の(沙弥)が五輪山で修行を
していました
沙弥は 時折麓の村などで 托鉢や海上を通る船の船主からお米を貰ったりして修行に励んでいました
「この鉄鉢の中に少しお米をめぐんで下さい」と大声で、鉄鉢を船に向かって投げるとその鉄鉢は、船まで空を飛んで行きました。
そこで、船主が、「一生懸命修行に励んで下さいと」言って米を鉄鉢の中に入れると 米の入った鉄鉢は、
沙弥のいる方へ空高く飛んで帰って行きました。
ある日 出羽国の船主、上部清定(かんべきょさだ)が上米を積んで沖を通った時 沙弥は、「米をくだれ」と
鉄鉢を飛ばして頼みました。
船主 上部清定は「お米はお公へ差し上げるもので、一粒も渡せない」と断りました
すると不思議な事に、積んでいた米俵が浮かび上がって五輪山に向かって飛んで行き 船の中には一粒の米
も無くなってしまいました。
「五輪山が米の山になった」 「米の山  米山」と人々は、口々に叫び驚きました。
船主上部清定は、五輪山にいた泰澄や沙弥に、僅かな米を惜しんだ、私が悪かったです どうぞ許して下さい
不徳を深く詫びると 不思議な事に山に積まれた米俵は、鳥の様に船に向かって飛んで行った。
それ以来、人々は五輪山を米山と呼ぶようになった。   おわり

    原三角点                     一等三角点
 
<なぜか・・・・山頂には、二つの三角点が、埋設されている>
一等三角点は、陸軍参謀本部陸地測量が埋設したもの
原三角点(全国大三角点)は、1882(明治15)年8月に埋設された。 形状は四角錐台 高さ40p 上部15p角
内務省地理局測量 
実際に原三角点が埋設されたのは50点 一等三角点に埋め替えられた物もあり、現在3点のみ確認されている
*雲取山   東京都西多摩郡奥多摩  1882年12月埋設
*白髪山・白髪岩  群馬県甘楽郡下仁田町  1882年10月埋設




薬師堂付近からの展望 柏崎市 佐渡島 越後三山 避難小屋からの展望 妙高 火打 焼山 黒姫山 頚城山々

 <米山の雪型>
4月下旬から5月はじめにかけて、米山北面に最初に姿を現すのは 魚の形をしたコイガタ(鯉形)で空に向かって
昇るように見えます。 畑の種まきやイワシの塩漬けの準備をはじめる 鯉形や鯉の尾の大きさの良し悪しで、
作柄を占います。漁民は、春イワシ網の手入れに取りかかります。
コイガタと一緒に人物像も表われ種子蒔き男やスジ蒔き爺さん、ゴンベイ種まきと地元では、呼ばれている。


P711mと日本海              お世話になった佐藤さん下山も速い

米山と言えば三階節か米山甚句でしょう♪〜♪〜
♪〜米山さんから雲が出た いまに夕立がくるやら ピッカラ シャンカラ ドンカラリン
 と音がする〜♪〜♪     新潟県民謡 三階節より

♪〜行こかまいらんしょうか 米山あの薬師 一つあ身の為ササ主(めし)のため
 富士の高嶺に 雪が降ったり 積んだり 溶けたり 流れたり 三島の女郎衆の手水紅
 鉄漿 化粧水 夜明けの酔いざまし〜♪〜♪   新潟県米山甚句



 <米山寺 密蔵院 真言宗豊山寺派 山号医王山 護摩堂 西暦1817(文化14)年完成>

護摩堂 背面彫刻 「中国英雄物語を表現した勇敢なもの」彫刻の美しさは、上越地方随一と言われている
重要文化財として指定されている。
開基は、712(和銅5)年泰澄が薬師如来を作り祀った。 白山を開く5年前のことです その弟子沙弥(さみ)が、
米山にいたと言われているころ。
春から秋にかけての半年は、米山頂上の薬師堂に祀られ あとの半年は下牧の米山寺密蔵寺に安置されている。
今は、御本尊は山頂になく米山寺密蔵寺に安置されている 山頂にあるのは、代理仏が祀ってある。

 祝 3つの黒姫山登頂達成 北信濃黒姫山2053m 青海黒姫山1121m 刈羽黒姫山890m

                          

  右崖側登山道からの刈羽黒姫山
 <場所> 柏崎市高柳町高尾
 <今回の刈羽黒姫山は 磯之辺登頂ルート>
 黒姫山キャンプ場標高510mP−ブナ林ー鵜川神社ー三十三観音石仏ー刈羽黒姫山標高890m 登り1時間
 
 <他の登頂ルート>
  *折居(上向)登頂ルート 1時間30分
  *清水谷登頂ルート    2時間30分

 <3つの黒姫山登頂記録>

黒姫山という名前の山は、日本に3つある 区別する為に、それぞれの地域の名前を頭に付けて呼んでいる。
*青海黒姫山標高1121m        2012年 4月30日     2012年10月21日
*信州 北信濃黒姫山標高2053m   2007年 8月15日


 <鵜川神社 社号 美都波能売神(ミズハメノカミ)>
北海の波を渡って来られ 御舟に当山へながれ漂い着かれた時 多くの鵜を並べて先導した
その近くに 鵜が住むようになり 池に水が落ちて川になった由来 機織の神を祀った鵜川神社

<刈羽黒姫山の山座展望>
苗場山 佐武流山 鳥甲山 谷川連峰 越後駒ヶ岳 中ノ岳 八海山

 <黒姫山民話  「織り姫さま」 >   新潟県柏崎の民話より

むかし 静かな海が突然二つに割れて龍の彫り物がしてある美しい船が現われました
その船の中には、とても美しいお姫さまが乗っておられ 美しい音楽を響きながら 鵜川を漕ぎ上りました
たくさんの鵜が 船の周りに集まり 船を案内したり 船のお供をするように泳いで行きました。
川は なくなると船は空を漕いで行き、黒姫山の倉というほら穴の中に船が 漕ぎ進み見えなくなりました
ある日、倉というほら穴の中から「トンカラトン トンカラトン」と機(ハタ)を織る音が聞こえ 村の人々は、
「織り姫さまが機を織ってござらっしゃるぞ」と言いました 倉に入った姫さまを「織り姫さま」と呼ばれるようになった
「トンカラトン トンカラトン」 織り姫さまは 透き通るような緑の薄絹のベールを織られて山にかけると
鳥たちは いっせいに春の歌を合唱しました。
「トンカラトン トンカラトン」 織り姫さまは 燃えるような赤い糸や金の色で 目の覚めるような錦を織られて、
山一面にかけると子供達は 「もみじが燃えるようだ 山が火事のようだ」と大声で 歌い始めました。
「トンカラトン トンカラトン」 織り姫さまは 真っ白い羽二重(ハブタイ)を織られ 山にかけると
狐も熊も羽二重に包まれて眠り続けています。
村の娘たちは、織り姫さまにあやかろうと機(ハタ)を織りました トンカラトン トンカラトン  おわり


黒姫山キャンプ場手前から見た刈羽黒姫山  ロープ張り登山道からの紅葉

  <立ち寄りの湯>柏崎市高柳町高屋 「じゅんのび村」 柏崎市からR252で30分
 じょんのび温泉「楽寿の湯」大人550円
 じゅんのびの意味は、”ゆったりのんびり真からきもちのいい”という意味
 湯質は、ナトリウム炭酸水素塩 塩化物温泉 サウナ、露天風呂

 有難う 上越市 佐藤さん&米山薬師堂世話人さん 道路情報がなければ 2山登頂実現しなかったでしょう
次回は、野田・山村峠から見た米山紅葉素敵でした もう一度全山紅葉の中を、歩きたいね
また米山福浦八景散歩「米山海岸潮の音の道」も歩きたいね
  もう 一度米山へ挑戦